50th Anniversary 1974~2024
創設者 Melvin Jones
(ライオンズクラブ創立者メルビン・ジョーンズの書簡より抜粋) 当時、シカゴの実業界の一員であった私は、実業界の面々が結束してクラブをつくり、自分たちよりも不幸な人々を援助することはできないものか、と考えたのです。あちらこちらと奔走した結果、1917年6月7日、シカゴ市のホテル・ラサールで最初の集会が持たれて、我々の協会が創立されたのです。
「ライオンズ」という名称は、動物のライオンによって象徴される意味において私が選んだものです。 一般に想像されるライオンの資質 —勇猛と怯懦、賢明と愚鈍、善意と悪意などのいずれであるか— については、人々の意見もまちまちでしょうが、ライオンを一つの象徴としてみるならば、それは「徳行」を具現するものと申せましょう。
この名称は、出たら目につけたものではありませんし、またこじつけた新語でもありません。紀元前2200年の昔から、ライオンは、すべてよきものの象徴でした。それゆえにこの名を選んだのです。
勇気、強い力、活動力と誠実という四つのすぐれた資質のために、この名称が選ばれたのです。
特に誠実はライオンズ会員にとって特別に深い意味を持つものです。ライオンは古今を通じ、どこの国でも誠実さの象徴とされています。それは友人に対し、自己の職務に対し、また、自己の属する団体に対して誠実であることを意味します。
一方、協会名を変えようという運動が発足後2年間続けられました。改称論者は、第一次大戦で勇名をはせた陸軍部隊「レインボー」や、創立クラブの一部にあった「ポーテックス」の名を主張しました。
そんな時、1919年、シカゴにおける第3回大会の初日の昼食会において、ハルステット・リッターというデンバーの若い弁護士が、「ライオニズムの力」と題してスピーチを行いました。彼はライオンズの名に触れ、次のように述べました。 「これは、我々が常に賞揚してやまない資質—友愛、親善、個性、意志—のすべてを備える百獣の王の名と同じであるばかりでなく、我々市民としての真の意義と基盤を表すものと私は確信します。 すなわち,L(Liberty)I(Intelligence)O(Our)N(Nation’s)S(Safety)であります。 皆さん、これをバナーに記し、心に刻みこみ、万人を魅了するに違いないこの文字を高らかに掲げようではありませんか!」
話が終わったとき、ライオンズの名称は確固となりました。後年、この文字の組み合わせは協会のスローガンとして採択されました。
一人では何もできませんが、たくさんのメンバーが集まると大きな奉仕事業ができます。 それを我々はウイザーブといってライオンズクラブのモットーにしています。
>>慈善活動の詳細はこちらから
《メンバー数》
1名
11名
10名
4名
9名
5名
41名
12名
53名
バブル期を境に会員減少、しかしクラブ数はあまり減っていない。 従ってクラブ単位の会員数は減少。 八尾中央LCの設立時(’74)と現在(’12)の日本ライオンズの数はほぼ同じ(11万)だがクラブ数は約2倍(1500→3000)になっている。
1970年に初めて2複合地区、WとEが出来た。 1976年から現行の8複合地区となる。 現在35準地区がある。35名のガバナーが居ると言う事だ。 準地区の要件は35クラブ・1250名の会員。